Podcast Episode: 珈琲と焼酎の香り

Pip: 珈琲・酒好きのケイロン先生のブログ、今回は豆を挽いて、焼酎を傾けて、なかなか忙しい週末です。

Mara: コーヒーメーカーの購入から始まって、薩摩焼酎の話まで、今回は「自分の手で味を作る」というテーマが通底しています。まずは珈琲豆と抽出の話から始めましょう。

豆から挽く、その一杯の意味

Pip: コーヒーメーカーを買ったという話ですが、これは単なる家電購入ではなくて、珈琲との向き合い方そのものを変える決断として書かれています。カフェで飲む珈琲と、自分で淹れる珈琲の違いとは何か、という問いが投げかけられています。

Mara: 記事『木炭焙煎珈琲豆』の中で、こう書かれています。「コーヒーマシンの意義は、珈琲を、自分の好みの味に淹れられる、という、ただその1点のみにある、と思うんですよ」。

Pip: カフェで飲む珈琲は「他人の舌で判断された美味しさ」だという指摘で、受動的な飲み方から抜け出すための一歩として、この購入が位置づけられているわけです。

Mara: 最初に選んだ豆が名前に惹かれた直感買い、木炭焙煎珈琲豆で、炭の香ばしさと雑味のなさが印象的だったと。世界には珈琲豆がゴマンとある、そのスタートラインに立った、という締めくくりが印象的です。

Pip: ではそのスタートラインに立った人が次に傾けるのは、焼酎です。

安くて旨い、薩摩焼酎の哲学

Mara: 薩摩焼酎《さつま無双 甕つぼ仕込み》の記事では、鹿児島の芋焼酎、黄金千貫芋を使った一本が紹介されています。値段は720mlで1,600円前後。

Pip: 高くないですね。そしてそれが、この記事の核心でもある。

Mara: ここでこう書かれています。「物足りないと言えば、物足りないと、言えなくもないです。でも、この値段で、この味を、この量頂けるとなれば、それは、至福と言えます」。

Pip: つまりコスパという言葉が単なる節約論ではなく、自分の審美眼を磨くための姿勢として語られている。高いから旨い、ではなく、自分の舌で価値を判断する、という話です。

Mara: 記事の中では「名声と言うものをほしいままにして、値段だけが吊り上がったお酒」への懐疑も率直に書かれていて、飲む量と質のバランスを自分で決める、という一貫した軸があります。焼酎はロックで、アルコールの適正量も体感で把握しているという話も、その延長線上にあります。

Pip: 珈琲も焼酎も、結局は「自分の感覚を信じる」という話に着地するんですね。

Mara: 次回も、その感覚がどこへ向かうか、楽しみにしています。


Pip: 豆を選び、焼酎を選ぶ。どちらも他人の評価より自分の舌、という話でした。

Mara: 次回はどんな一杯が登場するか、引き続き注目です。

コメントを残す